HEROS

まちづくり
2019.1.11
no.21
阿部 拓郎
abe takuro
日常と非日常を繋ぐ案内人

プロフィール


阿部 拓郎
Abe Takuro

日常と非日常を繋ぐ案内人

ISHINOMAKI2.0スタッフ。金曜映画館支配人。「劇場キネマティカ」パーソナリティ。MAHOROBA Project代表。


僕はヒーローにあこがれる一般人です


 

タクローさん、最近ではどのようなヒーロー活動をされてるんですか?

僕はヒーローにあこがれる一般人です。例えばテレビの中、本の中、漫画の中、小説の中、実際にまちで活躍しているヒーローの人たちもいっぱいいて、そこになんか手届かないかなって。手を伸ばしてるけど、届かないみたいな感じ。

ヒーローには手が届かない。

なんかねえかなって常に自分探ししてるみたいな感じなんですよ。だから色んなことをやって、手広くやって、失敗したらまた別のことをやろうみたいなのをずっと繰り返してる感じ。なにかひとつを集中してやってますっていう感じじゃないんですよね。だから映画に関しても、気ままに映画上映したいんですよね。何かに属したりとか、レーベルを作ったりとか、こういうものを取っ払いたくて。なんだったら、僕じゃない人が気軽に映画上映できるんですよっていうような環境づくりみたいなのができたらいいなって思うんですよ。

環境づくり。

そうそう、ポップコーンというサービスもあるじゃないですか、ああいうのも凄い良いと思うし、ただ意外と知られてないし。なんかね、映画上映って敷居高いんですよ、ハードルが。で、そのハードルをね、地方でやりやすいようにできたらいいのになって思って。金曜映画館っていう活動もやっていたけど、それだけじゃなくて。単純にね、住民が映画上映したいなって思った瞬間から、もうパッと作れるような状況づくりをしていきたいなって思ってます。

映画製作ではなく、なぜ上映したいという気持ちがあるのですか?

場が好きなんですよね。だから言ってしまえば、すっごい面白い映画があって、それを皆に見せたいっていう思いじゃなくて、映画を見る場所が好きなんですよ。映画館って独特の空気感があるじゃないですか。なんだったら、内容はB級、Z級映画でもいいと思っているんです。そのZ級映画を見ながらピザを片手にコーラを飲みながら、ギャハギャハ笑いながら見る状況ですら愛おしい。名作映画を見て、皆で涙を流してるのもそれは同価値なんですよ。映画を見るっていう状況っていうこと自体がすばらしい。

独特な世界観や空気感が好き?

そうそうそうそう。映画を観終わった後の、ハアーっていう心持ちを人と共有したり、共有を別にしなくても、1人で持ち帰ってあたためたり、あり方が自由じゃないですか、そういう所が好きですね。それは映画を見るっていう環境がそれを作り出してるかなって。


楽しくない空間には1秒たりともいたくないじゃないですか


 


それこそ、タクローさんは元の仕事場所は映画館だった?

ううん、全然映画館じゃない。僕あれですよGEO、GEOの店長やってた。石巻で。

GEOの店長!!

映画に対して使命感を持ってるとかではないんです。ただ僕が常に思うのは、楽しい場所をみんなと共有したい、みんなと一緒にいられる居場所がほしい。まほろばっていう活動も、最初はその一環でやってて、遊びとか楽しい空間ってそれだけで、その人の居場所になるんですよ。場所を作るっていうのが僕の中のキーワードなんです。ただ、それは箱なのか、それとも概念というかあり方の問題なのかは、答えはまだ出てないんですけど。

難しいことは置いておいて、純粋に場所を作りたいんですね。

ただ、コミュニティって言葉にはしたくなくて。コミュニティっていうのに縛られるのが嫌なんですよね。なんかステータスみたくなるじゃないですか。そうじゃなくて、もっとゆるい気軽な楽しいものが生まれればいいかなって。だから映画もそういう一環ですね。遊びの場、ゲームっていうゆるい繋がりでその人たちがもう一回行きたい、もう一回関わりたい、空間の中にいたいなって思える場があればいいよなって感じですね。

ゲームイベントもされている訳じゃないですか。そのゲームイベントと映画館、金曜映画館っていうところの場としての共通点っていうのはあるのですか。

根底にあるのは楽しいなんですよね。楽しくない空間には1秒たりともいたくないじゃないですか。ぶっちゃけ、手段はなんでもいいと思ってて。例えば、盆栽教室だっていいんですよ。その人たちが楽しければ。僕の場合、興味があるっていうのが映画やゲームで、その知識とかも含めて、強みだと思っているからやってるだけで、そういった場づくりを進めていくのが、僕のイメージしてる未来なのかなって思ってますね。

なるほど。タクローさんはゲームマスターとなって脚本も作るじゃないですか。そして、即興で参加者にロールプレイしてもらう、つまり芝居をするっていうところも映画にちょっと近いかなと思って。そういう脚本的な部分も好きなのかなと。

そうそう。なんかね、ストーリー作るのが好きで。昔、趣味で小説書いてたのがそういうのに活きてるのかなって思いますね。その物語の世界にいたい、または普段の自分とは違う自分になりたい願望っていうのは、少なからず持っている人は多いと思うんですよ。でもそれって、演劇をするわけではなく、空想のものじゃないですか。空想の思い描く、絶対なれない自分になる、っていうことをできることがテーブルトークRPGっていう遊びだと思うんですよ。本気でそれを目指すとか、演劇をするっていうんではなくて、遊びの中でなれるからこそ、単純に没頭できると思うんですよ。


自分で安らぎのある非日常を作ってしまおう


 

空想、そして没頭できることを大事にされているんですね。

少し不思議な世界がやっぱ好きなんですよね、日常に潜む。あの曲がり角を曲がったらちょっと違う世界なんじゃないかみたいな。日常と非日常の境界線みたいなものが常にほしいなって。その非日常に足を一歩踏み入れた瞬間にいつもと違う自分になれる、そんな演出をしたいのかなって思ったり。非日常の中にいることの居心地の良さみたいな。でも刺激とはまた別ですね。普段の日常が、逆に僕は刺激が多いんですよ。非日常の中にこそ安らぎを求めていいのかなって。

じゃあ、あれじゃないですか、日常生きづらくないですか。

生きづらい。そりゃそうですね。日常は生きづらい。

刺激が強すぎる?

刺激強いな。非日常こそが安らぎですね。

どういう所がタクローさん的に日常が生きづらいなって思いますか?

なんだろ、生きるのって難しいですからね。ただ生きるだけってとっても大変じゃないですか。

激しく同意しますね。

社会ってところからはみ出して生きるのってすごく勇気がいるし、仙人みたいに生きていけるのかって言ったら、それは難しいと思う。枠の中からはみ出ることって、とっても難しいことなんですよ。許されないところもあるし。その、枠からはみ出ないで生きていくっていうことが常に苦痛なんですよ。それこそ、俺はいつ死んでもいい、刹那的に生きようみたいなのは、僕は凡人なので、できないんです。そういう生き方は僕はできないと思うから、じゃあ自分で安らぎのある非日常を作ってしまおうって感じだったんですよね。


こっちも面白いぜって非日常へ誘導できたらいいかな


 


これまでは日常や社会に対してはみ出てしまう自分を感じてしまう。それを、非日常を自分で作り出すことで、少しでも生きやすくしようと。

そういう人多いと思うんですよね。真面目にやってるけど、内面は真面目じゃない人みたいな。僕みたいなフラフラ、中間層、中立みたいな。その混沌と中立と秩序があるとしたら、僕はずっと中立のところにいたんですよ。で、石巻の人って混沌な人多いと思うんですよ。

混沌な人、カオスですね。

そう、混沌の中でカオスを愛するみたいな。目立ってる人はそういう人が多いのかなって。でも俺はカオスには行けない。だからって秩序的な生活、社会、結婚、いろんなことに対しての責任のところまで自分の人生を寄せられないっていう中立みたいな人って案外多いんじゃないかな。クラゲみたいな存在っていうか。

ふと浮かんできたのが案内人っぽいなと。映画イベントの支配人をされている時も、秩序から混沌に連れていく人のような。ようこそ、皆さんって。

なるほどね、でもそういう立ち位置が僕はいいのかなっては思ってるんです。さっきの言ったヒーローにあこがれる一般人っていう表現も、混沌の中に身を置くことは出来ないけど、そこを俯瞰的には見てて。こっちも面白いぜって非日常へ誘導できたらいいかなって思って。

それをふまえて言うと、案内人的なポジションで非日常へ誘う行為を技で言うとどうなります。

そうだな、イリュージョンゲート

ここまで必殺技っぽい必殺技は初めてかもしれません。これはどういう?

扉まで連れてくよっていう。日常から非日常への扉まで一緒に行って、そこからはその人自身が世界をどう開いていくかっていう話になるから、そこへの案内っていうイメージかな。

じゃあ一言で自分というヒーローを言うならば?

自分っていうヒーロー、なんかこう、オルタナティブな存在というか

Mr.オルタナティブかな
映画になりそうですね、Mr.オルタナティブ。

どっちにも寄り添えるみたいな。好意的に言えば。


面白い人たちが集まった結果、面白い町になっていく


Mr.オルタナティブさんは石巻は地元ですよね。石巻はどういう風に感じてるんですか

僕、以前は出身地って良く思ってない、良く見えなかったんですよ。この石巻という町が嫌いだったっていう。まあ、話ズレるけど、ishinonaki2.0の面接する際も、僕この町嫌いだったんですって言ったんです。そしたら受かった。

そしたら受かったって。

いやなんかね、劣等感が強い町って思ってて。例えば仙台の2番手だったり。浜出身な僕からすると石巻っていうまちは凄く冷たい町だと思ってたんですよ。牡鹿の人を見下してるよな、みたいな。子供の頃だから余計そう思ったのかもだけど。人口も少ないし、わかりやすく田舎じゃないですか。ただ、それが震災っていうものがきっかけに、そういった壁が少しずつ取り払われていくような動きが生まれた。すごくいいなと。新しい人もどんどん入ってきて。

街の中でさまざまな動きが生まれましたよね。

でも、街の魅力っていうか、人の魅力だと俺は思ってるんですよね。面白い人たちが集まった結果、面白い町になっていく。石巻っていう港にいろんな人たちが渡ってきて、面白いことやって、その人たちが旅立っていく。で、旅立ったあとの足跡、爪痕をね、こんな人たちがいたんじゃぞっていう風に子供たちに伝えていくみたいなね。

いきなり物語みたいになってる。

そうそうそうそう。

爪痕があったらヤバいですね。

そうそう、ギラリって、これは○○という男がの。

面白いですね。壁の話に戻りますが、混沌と秩序の壁が取っ払われてるわけじゃないですか。だからこそMr.オルタナティブが必要だと思ってて。案内人というか、なくなった所にドアを作る、それを行き来できるようにする。それって大事な気がするなって聞いてて思いました。

そうですね、地元だからこそ、そういう風に見えてるのかなって思うんですよね。新しい動きとか、昔からの想いみたいなところのぶつかった所の層みたいなところに何が生まれているのかっていう。


いい街に育ったなって思える子供が、増えたらいいですよね


見てますね。Mr.オルタナティブ的にこういう動きを起こしていきたいというのはありますか?

そうですね。自己実現できない人って自分も含めて多いと思うんですよ。で、その自己実現ができる社会になればいいなって。どうなったらそれができるのかって言われたら困るけども。自己実現しよう、なにかしたい、って思ってる人を遠目から眺めて応援するんじゃなくて、直接手を貸せる人間になれたらいいなって思いますね、自分が。

手を貸す。

みんなね、否定ってしないんですよ、よっぽどのことじゃない限り。でも、否定も肯定もないみたいなことって結構多いよなって思って。肯定してあげられる街だったり、人がどんどん生まれていけばいいなって自分も含めて。

そうか、否定も肯定もないってことは無関心ってことですよね。

そうそうそうそう。ふーん、で終わっちゃう。まあ好きにしたらいいんじゃないって、優しくないなって思うんですよ。僕はこれの失敗談ですけど、ゲオで店長してたとき、僕は優しい店長だったと思うんですよ。怒らないんです、基本。優しい店長ではあったけど、いい店長ではなかったんだろうなって。無関心なんですよ、バイトに対して俺が。成長してほしいとかなくて。そういった自分を今まで反省して、僕自身も頑張ってる人を応援できる人になれればいいし、まちもそうなればいいなって思いますね。

無関心店長からなぜそのように考えるようになったのでしょうか。

無関心店長だったっていう事実に自分が辞めてから気づいたんですよね。DVDを良く借りに来る人がいて。「石巻なんも面白いことないからDVD見ることしかないのよね」って。その時に、あれ、俺も石巻のことなんも知らんな、なんも知らないのに否定するのはちょっと違うかなって思って。じゃあ石巻っていうまちはなんなの。石巻っていうまちをちゃんと俺は見てたのだろうかって思ったんですよ。例えば大阪から友達が遊びに来て石巻案内するってなったときに、俺はイオンしか案内できないとか。

それはやばいですね。

石巻っていうまちを知れる仕事したいなっていう風に思えたんですよ。石巻を知らないで、嫌いだ、田舎だ、つまらん、っつって仙台だ東京だって言ってたけど。楽しかったけど、仙台っていうまちや東京っていうまちを愛したかっていうと愛してはない、居心地の良さで言えば石巻が居心地良いよなって。じゃあなんで石巻嫌いなんだろうなってとにかく反省したんですよ。無意識に嫌いだって思ってることってあると思うんですよ。そこの整理をちゃんとした方が良いなって。

立ち止まって、振り返り始めたんですね。

まちのこと嫌いって不幸じゃないですか。石巻で育った人が石巻にいなきゃいけないなんてことはないし、東京行くなら行ったらいい、海外に行きたいなら行ったらいい。それは別にいいんですけど、いいまちに育ったなって思える子供が、増えたらいいですよね。俺は川開きで野外映画上映会っていうのを見たけど、あれはよかったな、いい思い出だったなとか。そういった居場所がある人たちが、楽しい思い出を共有したまま巣立っていく訳だし。

若い人たち、子供たちが、自分の街で育ったっていうことを肯定しつつ、外に行くことができる。

そうそうそうそう。

そういった意味でも、タクローさんが作っている居場所だったり、そこで生まれる思い出は、自分を肯定するために必要になってくる。Mr.オルタナティブ、重要じゃないですか。夢と希望をもたらす。

夢と希望をね、ただ、俺は自分を知ってるから。すっごい大きいことはできないと思ってて、自分の掌の上のできる範囲のことをやっていけたらいいなとは思ってる。

じゃあ、手をデカくするヒーローと出会えば、掌が大きくなるからやれることも増えますね。

かもしれない。デカいことを一発やってやるぜとかじゃなくて、小っちゃいことをたくさん重ねて、それが楽しいことになっていけばいいっていう感じなのかな。

良いまとめ、ありがとうございます。

ありがとうございます。

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