HEROS

2019.2.27
no.25
島田 暢
Shimada toru
野人的モノづくりをする
何でも屋

プロフィール


島田 暢
Shimada toru

野人的モノづくりをする何でも屋

鹿児島県出身。石巻在住。創る事・繕う事と変人が大好きな複業家。ローカルベンチャーとして林業・狩猟を主なフィールドとし、アクセサリーから家まで6次産業化する野人クリエイター。

 


自分の作りたいもの、興味があるものを探求していったら、何でも屋さんになった。


 

島田さんは普段どのような活動をされていますか。

普段はモノづくりをメインでやっています。ものづくり、修理、繕ったり。修理については、大事に使っていたものを長く使いたいという思いがあって、持ち主さんから依頼されるのが多いです。

色々されていると思うのですが、大工さんではないんですよね。

活動を含め何でも屋。というか当てはまる職業がないので、何でも屋と言ってしのいでました。家を建てたりだとか、狩猟とか林業だとか。鹿を取って皮でレザークラフトを作ったり。木を製材してから家具を作ったり。素材まで立ち戻るというか。

素材を採集して加工しているという点で、一環している。

一環してますね。元々ものづくりが好きなので、自分の作りたいもの、興味があるものを探求していったら、何でも屋さんになった。

その延長線上でタイニーハウスも建てたのですか。

その延長線上ですね。

一般の感覚では家づくりをイメージできないというか。なぜ、その延長線上で作ることができたのでしょうか。

基本やりたがりなので、教科書通りはあんまり納得できなくて。失敗したらそれが実証というか、体験で伝えられるので、家づくりも「あれ、意外といけるな」って。未知な世界なので、そこにまず想像が行き着かないというか。想像する素材がなければわからないという答えにしかならないので。掘っていって自分の中で行き着いたという感じですね。

やりながら未知の部分を埋めているという感じ。

そうそう。一番最初から家を建てるとなると、無理じゃないかなって思っていたけど。何年か蓄積したものがあったからこそ、家作れるかもってなって、実際やってみたらできた。

体験の蓄積があったからこそ、イメージができるようになり、作れるようになった。

家の時は常に考えながらやっていったので、設計士さんにかなり無理してもらいました。出来上がってから、図面を引っ張ってもらうという、いつもと逆のパターンだったので。その時々の出会いによってデザインが常に変わってくるというのがあるので。流動的というか、型にはまる家の建て方ではなくて。


モノの循環、お金の循環は、使うこと動くことによって回っていく。


 

オーダーメイドなんですね。今はアトリエも自分で作られていますよね。しかも、ほかの人も道具を使うことができるシェアアトリエ。アトリエをシェアするという方向にしたのはなぜですか。

わざわざ一人で独り占めする意味があまりよく分からなくなって。皆に使ってもらった方が道具も活きるし、そこからまた新しいアイデアとかが生まれる気がして。

シェアすることによって新しい何かにつながるという感覚は、現代の発想というか。島田さんのシェアの原体験は?

わざわざ買わなくても、借してくれる人がいたら助かるというのが一番根本にあるかな。持っている人は持っている人で持て余してるし。モノの循環、お金の循環は、使うこと動くことによって回っていくので。そこで一人がため込んでいたら結局何も生まないし。

家のデザインの話でも流動的というワードが出ましたが、循環や流れはなぜ重要だと思いますか。

その時代、その時、その人によっての正解があるので、そこを大事にしてかないと型にはまったような、よくあるようなものになってしまう。型にはまりたくない。

ゆえに何でも屋に近いところがあるのですかね。一つの肩書にはまってしまうと、その方法論や思考に囚われる可能性がある。

そうですね。


最悪生きていられるという環境に自分の幸せを置いてる。


これらをふまえて、島田さんの必殺技をお聞きしてもいいですか。

流れに身を任せる、同化とかですね。野人的に山の中に入っていって、これがあるからこれを作ろうみたいな。無理に逆らうというよりかは、今はこういう風向きだから、風上から風下に向かいつつ、少し斜めに行くなら行くみたいな。自分の意思だけではなく、周りの意思も組みこみながら。

その場で手に入るものを寄せ集め、それらを部品として何が作れるか試行錯誤しながら、最終的に新しい物を作ること。ブリコラージュ的ですね。だからこそ、難しいことや悩みはありますか。

基本的に本能だから、頭脳プレイとかロジックだとか、そういうのは苦手ですね。計画的にとか。数字を見つめる時も大変ですね。見積もりとか事務作業の時はすごい苦痛だけど、みんなでやるのは苦痛じゃなくて。

上手くカバーする方法として誰かと一緒にやる。

そうだね。得意分野の人に任せるとか。

やっぱり野人は計画的が苦手なんですね。

苦手ですね。

計画や見通しが立たなくなる時ってすごく不安になったりすると思うのですが、野人の島田さんは計画がなくてもそこまで気にならない。

気にならないし、石巻での暮らしに関しては自分の中で死なないなという確信がある。食料もシェアするような感じだから、まず死なないなと。最悪生きていられるという環境に自分の幸せを置いてる。やってみて失敗だったら次を考えるかみたいな感じ。


自分たちが楽しまなきゃ何も進まないというか。


都市だと失敗=死みたいなところが結びついてる気がして。社会的な環境で上手く立ち回らないとアウト。石巻は社会もあるけど自然の環境もある。海で魚を釣る、山から採集する。思いっきり動き回れる野人から見て石巻はどう感じていますか。

生きやすいかな。今まではすごい封建的という話を聞いてたけど、震災があって色んな人が出入りすることによって、そこが解きほぐれたというか。田舎にしてはめちゃくちゃウエルカム。ジャンルを問わず色んな人が来て自分も刺激を受けられる場所。自分の中でアップデートできる土地、しかも、且つ死なない。食料は豊富に、海も山も酒もあるから、そういう意味ではすごい生きやすいかなと。

どういう人が生きやすいのでしょうね。一言で言えば野人かもしれないですけど、地元の人が生きやすい街と感じていない場合もあると思います。何が違うと思いますか。

都会的な、社会的な生き方だと生きづらいかなって。人口は多いけど、仕事はない、何もない田舎、みたいな目線を外せばすごい生きやすい。漁師さんはめちゃくちゃいい場所だよって言う。それは海と自然と常に対話しているからこそ言える。でも、そこで育った子供たちは会社員になって、社会的な枠にはまってしまうと、給料がいつまでも上がらないという話をする。仙台の方が、郊外の方がって都会的な快適さを求めると、やっぱり石巻はやっぱり向かないのかなって。

自分はどの環境だとサバイバルしやすいかという感覚は大切ですね。分からなかったり、環境とのマッチングがずれていたりすると、生きづらいという感覚になるのかなと。

後は偶然の人の出会いによるのかな。どういう出会いがあるのかで、場所の第一印象が変わったりするので。

島田さんは野人として、出会いを繰り返しながら、これからどういうことをやっていきたいですか。

面白いことをやっていきたいなって。面白そうなことをやってる人に便乗して面白さをシェアして発信していく。そういうのをやっていれば絶対面白い場所になるし、色んな人が集まってくる。自分たちが楽しまなきゃ何も進まないというか。今は個人でも発信できて、情報を取りに行ける時代だから、そこで同じ面白みを得られる人と離れてても繋がることができる。

取りに行く、というのが採集っぽいですね。今後の野人の営みは社会にも求められそうですね。

最近は東京の人と話すことも多くて。自然と触れることがほとんどない環境でデスクワークをして、ビルの中で1日過ごして、電車で家に帰るサイクル。そこから石巻に来るだけで解放される。海に出るとかして遊ぶと更に今までの溜まっていたものが解放される。リセットされて日常に戻っていく。こっちからするとそっちの生活が非日常であり、向こうからするとこっちの生活が非日常。

欲していますね、野生。野人が動き回って発信していくことで、社会と自然の循環が回り始めていくように思います。今後の野人のご活躍を楽しみにしております。ありがとうございました。

ありがとうございました。

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